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大阪地方裁判所 昭和26年(ワ)3632号 判決

原告 スバル興業株式会社

被告 加納朝次 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は原告に対し被告加納、同内海は大阪市北区堂島北四一番地地上木造スレート葺二階建建物(A棟)第二号室の西方に連接せる木造スレート葺平家建仮設建物一棟この建坪四坪を被告株式会社新光商会(以下単に新光商会と略称す)は同第五号室の西方に近接する木造板張り平家建仮設建物一棟この建坪一坪を、被告増原は右地上木造スレート葺二階建建物(B棟)第八号室の北方に連接する木造トタン葺平家建仮設建物この建坪約三坪を、被告木村は同第九号室の北方に近接する木造柿葺平家建仮設建物一棟この建坪約一坪半を夫々撤去せよ。訴訟費用は被告等の負担とする。との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、前記堂島北町四一番地宅地四七二坪五合一勺及同地上前記建物二棟(以下単にA棟、B棟と称することがある)この合計建坪二八六坪六合五勺は原告の所有であつて該建物のうち第二号室を昭和二三年七月三一日から被告内海同加納に対し、第五号室を昭和二三年七月三〇日から被告新光商会に対し、第八号室を昭和二三年七月三〇日から被告増原に対し、第九号室を昭和二三年七月三〇日から被告木村に対し、いづれも賃貸借期間は向う一年間営業店舗に使用する目的で賃貸した。

二、本件建物は原告の所有地の一部に建設したものであるので、A棟裏(西方)及B棟裏(北方)に夫々約九尺の間隔で板塀を設置した。本件建物は貸店舗で本件建物と板塀との間の空地は本件建物の敷地であつて建物使用者全員の通路となり万一失火など非常の際には非常口たる役目を果すものである。

三、然るところ被告加納、同内海はその賃借家室と板塀との間の空地に昭和二四年五月頃原告に無断で賃借家室に連接して前記請求趣旨記載の如き建物を建設し爾来同被告等が居室に使用している。

よつて当時原告は同被告等に厳重抗議し即時撤去を求めたところ同被告等は昭和二四年五月二一日建物設置の権限なきことを認め原告の要求あり次第撤去すべき旨誓約書(甲第六号証)を差入れたので一時その撤去を猶予していたのであるが原告は昭和二六年頃から本件地上に本来の営業たる映画劇場を建設する必要に迫られているのでこれが撤去を求める次第である。

四、被告新光商会はその賃借家室と板塀との間の空地に昭和二三年一二月頃原告に無断で前記請求趣旨記載の如き建物を建設し爾来物置などに使用している。

五、被告増原はその賃借家室と板塀との間の空地に昭和二四年四月頃原告に無断で前記請求趣旨記載の如き建物を建設し爾来物置などに使用している。

六、被告木村はその賃借家室と板塀との間の空地に昭和二四年三月頃原告に無断で前記請求趣旨記載の如き建物を建設し爾来物置などに使用している。

七、而して原告は被告等に右空地を賃貸したものでなく被告等は右空地上に右建物を設置する権限がないからこれが撤去を為す義務がある。

と述べ、被告等の主張に対し、

原告は被告等に対し右建物の建設に対し事前たると事後たるとを問わず承諾を与えたことはない。被告等の建設後直ちに厳重なる法的手続を採ることを差控え被告等の省慮を希求せる裡に約二年を経過したがこれを以て暗黙に承認したものとみなさるべきでない。又被告等主張の本件建物の敷地二〇五坪六合よりA・B両棟の建物床面積一四四坪七勺を差引いた六一坪五合三勺はA棟とB棟との間の空地と及び前述の板塀との間の空地とに相当するものであるが右敷地が賃料の算定に包含せられるとしても被告等は茲に建物を建設する権能はないと反駁した外、被告等の主張事実を否認した。〈立証省略〉

被告等五名訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

一、原告の主張事実中本件二棟(A棟及びB棟)の建物及びその敷地が原告の所有であること被告等が原告主張の日時夫々原告主張の家室を賃借したこと、原告主張の空地に夫々その主張の如き建物(但し坪数の点を除く)を建築所有していることは認めるがその余の主張事実を争う。

二、本件土地は元内外綿株式会社海外引揚従業員連盟の所有であつたところこれを原告に譲渡したもので、その際原告の将来建築する建物を右引揚従業員に賃貸するに当つては賃借人に於て本件土地を使用し得るとの特約があつたものであり、被告新光商会は右引揚従業員の出資により設立せられたもので、右特約により被告新光商会は原告の建築した本件建物を賃借するに至つたものである。

三、本件建物は原告が昭和二三年七月末頃住宅兼用店舗として建築認可を受け建築したもので、各被告等も亦その趣旨で賃借したものである。ところが住宅としての必要な炊事場等の設備を完全に施さなかつたので被告等は已むを得ず裏側空地に七輪鍋釜を持ち出し毎日の炊事をしなければならない実状にあつたため、原告は右建物の建築後約一ケ月有半の後に至り各被告等の使用に任すべき部分として本件建物の敷地の裏空地上に建物の土台より約一間の間隔をおいて板塀を建設し且つその板塀に何れも被告等専用の出入口を施し右板塀内の空地を各被告等の専用に任したものである。

被告新光商会所有の本件建物はその坪数は約〇、八坪で昭和二三年九月下旬頃建築したものであり、被告木村所有の本件建物は約一、〇六坪であつて昭和二四年二月頃建築したものであり被告増原所有の本件建物は約二、一坪で昭和二四年四月頃建築したものであり、被告内海、同加納共有の本件建物は約二坪半で昭和二四年五月頃建築したものであるが右建物に際しては原告会社支店長又は社員の承諾を受けたものである。

四、原告が昭和二四年一〇月一日附を以て大阪府知事に対しA・B両棟の家賃統制令第六条による家賃の認可を申請しているが、それによるとA・B両棟の敷地は二〇五坪六合として本件建物の家賃額に算定せられている。ところでこれよりA・B両棟の建物の床面積一四四坪七勺を差引いた六一坪五合三勺は被告等が所謂賃借部分として自由に使用し得べき空地であり本件程度の仮設建物を建てたからとて原告は異議を述べ得る筋合ではない。殊に本件の板塀内の空地は合計三十坪内外であるから被告等の使用し得べき空地は尚本件板塀の外に及ぶものというべきである。

五、仮りに以上の抗弁が理由がないとしても、被告等が右建物を建設してから既に二ケ年有半の間原告から格別に収去の要求を受けたこともないから原告は暗黙に之を承認していたものと謂い得るところである。然るにその後偶々原告の家賃値上の要求に対し被告等がこれを不当として応じなかつたため本訴の如き理不尽な請求を為すに至つたものと思料する外ない。

六、尚被告加納、内海両名は原告主張の日時原告主張の書面(甲第六号証)を差入れたことは認めるが原告が本訴提起迄に本件四一番地に映画劇場を建設する計画を有するが故に本件仮設建物を収去せよと求めて来たことのないのは勿論現実に原告が具体的の計画に着手も為して居らない今日被告等のみ之を収去する義務を有しない。

と述べた。〈立証省略〉

理由

大阪市北区堂島北町四一番地宅地四七二坪五合一勺及び同地上の原告主張の建物(A棟及びB棟)が原告の所有に属し、右建物中の原告主張の各家室を被告等が夫々原告主張の日時原告から賃借したことは当事者間に争がない。なお、弁論の全趣旨によりいづれも成立の認められる甲第八号証乙第二号証、成立につき争のない乙第五号証、検証の結果(一、二回とも)並に証人光富良一(一、二回とも)、杉田大一郎、山口貞蔵、荻原二郎、寺田信蔵の各証言及び被告新光商会代表者(田中朋次郎)の供述を綜合するときは次の事実が認定せられる。即ち本件のA棟及びB棟はいづれも原告が同所に所有している宅地合計八一五坪五合七勺の道路に面した部分に建てられたものでA棟は東向で電車道路に面し、B棟は南向で街路に面している。原告は右土地を昭和二二年頃買取つたもので、その頃より茲に映画劇場を建築したい考を持つているが、当時の経済事情から取敢えず本件建物を建てていわゆる内外綿海外引揚従業員聯盟所属者やその他の者に賃貸することにし、原告は住宅付店舗の建築ということで大阪府の建築許可を受け、昭和二三年三月頃から建築に着手し同年七月末に竣功を見た。そして被告等に家室を賃貸する目的は主として店舗であつたが賃借人が賃借の家室に居住することを許す趣旨であつた。原告は建物の建築後引続いてA棟及びB棟の固有の敷地として建物の土台から約七尺五寸ないし七尺八寸の距離に原告主張の板塀を建設し、他の空地との境界を区切つた。以上の事実が認定せられる。甲第四号証の一ないし五は右認定を妨げるものではない。而して右敷地即ちA棟及びB棟と板塀との間の空地に各被告等が原告主張の仮設建物を建築所有していることは右建物の坪数の点を除き当事者間に争がない。右建物の坪数について見るに、被告加納、内海の共有のそれは約三坪二合であり、被告新光商会のそれは約〇、八坪であり、被告増原のそれは約二坪七合であり、被告木村のそれは約一坪四合であることは検証の結果(第二回)により明かである。更に被告等が右建物を建築した日時について見るに、被告新光商会のそれは昭和二三年一〇月中頃であることは証人稲見稔の証言及び被告新光商会代表者の供述を綜合して認められ、被告木村のそれは昭和二四年二月頃であることは同被告の供述によつて認められ、被告増原のそれは昭和二四年四月頃であることは証人杉田大一郎、杉本清春の各証言を綜合して認められ、被告加納内海のそれは昭和二四年五月頃であることは成立につき争のない甲第六号証によつて認め得るところである。

そこで被告等の抗弁について順次検討する。

一、賃借人たる被告等に於て本件土地を使用し得る特約があつたか。

前記乙第二号証及び被告新光商会代表者の供述によつても被告等主張の特約を確認するに足りないし、他にこれを認むべき証拠はないから被告等の右抗弁は採用できない。

二、本件板塀は前記空地を賃借人たる被告等に専用させる趣旨で設置したものか。

本件板塀がA棟及びB棟の竣功後原告がその固有の敷地として他の空地と区画付けるために設置したものであることは既に認定した如くであつてこれを被告等主張の如き趣旨で設置したものであると認むべき確証はない。検証の結果(一、二回とも)によれば板塀には大体に於て各家室毎に専用の出入口がついていることが見受けられるが、原告としてはそのうちの四ケ所を設けたに過ぎないことが証人光富良一(一回)、杉田大一郎の各証言によつて認められるが故に他の出入口は賃借人側に於てその後に設置したものと推認する外ない。右認定に反する被告加納及被告新光商会代表者の各供述は信用できない。従つて本件板塀に被告主張の出入口のついている事実は本件空地を被告等の専用に委したものであるとの被告等の主張の証拠としては不充分というべきである。他に被告等の主張事実を認めるに足る証拠はない。

三、被告等の建築について原告側の同意又は事後承諾があつたか。

この点につき被告等の主張に添う証人稲富稔、平尾文雄の各証言被告加納朝次(一、二回共)同木村英造及被告新光商会代表者の各供述は容易に信用できない。却つて証人光富良一(一、二回共)杉田大一郎、杉本清春の各証言及前記甲第六号証の記載を綜合するときは原告側に於て被告等の建築につき異議を述べ或は承諾方を求めて来た際拒絶したことが認められる。但し右各証拠に弁論の全趣旨より成立の認められる甲第九号証並に荻原二郎の証言を綜合すればB棟内の一角に原告会社大阪支店事務所を置いている原告側としては被告等の建築を充分認識し得たのであるが賃借家室が狭隘で不便であることと原告側に当時差迫つた必要もなかつたため被告加納及内海に対して誓約書(甲第六号)を差入れさせた丈で他の被告等に対しては本訴直前まで二年有余の間建築の中止ないし建物の撤去を要求する措置に出なかつたことを認めるに足る。然し右事実を以て原告の事後承諾と解することはできないし、他に原告が被告等の建築に同意を与えたことを認むべき確証はない。従つてこの点に関する被告等の主張も採用に由ない。

四、本件敷地は本件建物の賃料に算定せられているから被告等の建築は賃借権の範囲に属するとの被告等の主張について

昭和二四年一〇月一日A・B両棟の家室の家賃認可申請(乙第五号証)に際して、右両棟の床面積(一四四坪七勺)に対する敷地が二〇五坪六合として算定せられたことは当事者間に争なく又本件建物と板塀間の空地が本件建物の固有の敷地であることは既に認定した如くであり、右空地が本件家屋の家賃に算定せられていることも弁論の全趣旨により認められるところである(尤も右空地面積が被告等主張の家賃算定の基礎たる敷地の面積より狭少であるとすればそれは家賃の算定を改訂すべき根拠となるだけであると考えるのでこの点についての被告等の主張は採用しない)。凡そ建物の賃借人はその建物の敷地を建物使用の目的の範囲内に於て使用する権能を有するに止る。このことは建物の賃借人が敷地の地代相当額を家賃に包含して支払うことによつて差異を来たすものではない。従つて建物の賃借人は宅地の賃借人の如くその整地に建物を建築することは許されない。但し建物使用のために容易に収去し得る物置程度の仮設建物を建て或は敷地の保管義務に違反しない程度の家庭菜園を作るが如きことは尚建物賃借権の範囲を超えないものというべきである。然し本件の如き集合貸室の敷地は非常通路の役目を有し賃借人全員の共同の目的に奉仕すべきものであるから賃借人は互に他の賃借人の利用を妨げるような施設を為すことは許されないことを考慮すべきである。今これを本件について見るに、被告新光商会の建設した仮設建物は前記認定の如く僅に〇、八坪程度の物置で且検証の結果(第二回)及び被告新光商会代表者の供述を綜合すれば何時でも容易に取除きできるものであり且つ他の賃借人に格別妨害を与えるとも認められない。従つて右仮設建物の設置は同被告の本件賃借権の範囲を超えないものと認めるを相当とする。よつて原告の同被告に対する請求はその余の抗弁について判断するまでもなく失当として棄却すべきものである。

次に被告増原及び同木村の各建設した建物は検証の結果によれば各被告等の賃借した家室の裏側の空地に板塀に接して作られていることが認められるから右敷地についての他の賃借人(居住者)の通行その他の利用を妨害することは明かであるから同被告等の本件賃借権の範囲を超えるものというべく、従つて又これが設置は許されないものというべきである。そこで進んで原告は被告等の右建物の建築を暗黙に承認したものと認むべきかにつき考察する。原告が被告等に対し右建物の建築に対し二年有余の間中止ないし撤去を求める措置に出なかつたことは前記三に認定した如くであるが、然し原告は何等の措置も採らなかつたのでなく、却つて当初これに異議を述べ或は同意を拒絶したことも認められるのであるから原告が差当り必要もなかつたので中止ないし撤去を求める措置に出なかつたからと云つてこれを暗黙に承認したものと認めることは原告の好意を無視して却つて被告等の既得権となすことに帰着し、原告に酷であり到底許されない議論というべきである。然らば被告等は権限なくして本件右土地に建物を所有するものとして今直にこれを収去する義務があるかについては、なお、検討の余地がある。即ち原告は本件土地一帯に広大なる土地を所有し、映画劇場建設の念願を有することは最初に認定したとおりである。然し本件土地の立地状件によれば映画劇場の建設はA棟及びB棟そのものを撤去しないでは殆ど成りたたないであらうことは検証の結果(一、二回とも)及び証人樫根謙三の証言を綜合して認め得るところであり、又A棟及びB棟をその侭にしてその裏の空地を他の目的に使用することにつき主張立証のない本件に於ては今直に被告等に右建物の収去を求めることは原告に取つて利益極めて尠きに反し、賃借家室の狭少なため已むを得ず前記建物を建ててこれを物置に利用して来たと見られる被告等の蒙る損害は極めて大であり、且つ右建物の存在は本件板塀裏の空地の存在する現状では他の居住者に格別の迷惑を与えているものと認められないから、原告に於て本体たる被告等との賃貸借契約と分離して被告等に右建物のみの収去を求めることは権利の濫用として許されないものというべきである。

次に前記第六号証に証人光富良一(一、二回共)、杉田大一郎の各証言及び被告加納朝次の供述(一、二回共)の一部を綜合するときは被告加納同内海が前記建物の建築に着手した際原告側が抗議したため同被告等に於て原告主張の甲第六号証(誓約書)を差入れ、これにより原告側に於て計画遂行上必要ありと認めて申出でたときは右建物を撤去すべき義務あることを認めたことは明かであるが、それとて原告の恣意を許すものとは考えられないから、既に前段認定の如く原告側の計画が右甲第六号証の規定により被告等に右建物を即刻撤去させねばならない程切迫し又は具体化していることの認められない本件に於ては被告等の右撤去義務の履行期は未だ到来していなのものと認めるのが相当である。

果して然らば原告の本件請求はいづれも理由がないことになるのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 庄田秀麿)

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